信濃毎日新聞で、県内で活動している地域おこし協力隊の姿を紹介するコーナーの取材を主人と受けました。
記者の方は、何度もお会いしている物知りベテラン記者さん。リラックスした雰囲気の中、主人と2人で、最初に説明を聞き、それから1人づつの取材となった。
「すいません。なんか面接官みたいで…ではご主人から。」
と、まずはお決まりの年齢確認から。その後、卒業した学校や仕事、2人の出会いなど懐かしい記憶を蘇らせ、やっと地域おこし協力隊へ応募したきっかけや活動の話、新山での暮らしなどへ。
「ありがとうございました。では、奥さん、こちらへ。面接官みたいで、本当すいません。」と謙虚。
「ウホホッ!お願いします。」と、わたしの番へ。
生年月日、出身地など同じ流れで、面接というより取り調べのように「あの時わたしは…えっとー…」という感じだったり「どうして?」「なぜなら…」「つまり…」「そう思います。」などなど、人生を振り返り、まとめていく作業は、人生相談をしているようで、喋りまくったわたしは、気分スッキリ!元気が出て、年明け早々、嬉しい取材となりました。
「今のをまとめると、こうでこうでこういう事で、良いんですね。」と確認。
「さすがぁ。まとめるの上手ですねぇ。」と感心するわたし。
わたしのミッション名の「新山くらっし応援団」の事で「くらっし、って方言で、おいでって事なんですよ。最近知ったんだけど。」と言うと「えっそうなんですか?じゃぁ、さっきの話でもあるし、移住促進という意味もあるんですね。」って、さすがぼんやり聞いてないなぁ〜と、またまた感心。
そんなこんなで話が終わり、今度は活動風景の写真を撮る日の調節。わたしは、銀座ナガノの打ち合わせの日に決まったことから、銀座ナガノの話へ繋がり、12月に同行させてもらった、高遠の山保育の話へ。移住して来た人達の力強さ、お話のうまさに、魅了、圧倒された話をすると「移住された方多いですよね。高遠も保育園の維持に力が入っていますもんね。記事を書く方としては、そういった方の方が描きやすいんですよ。」と。
「そうですよね。今まで「なんで、新山に移住したんですか?」という質問に、壮大なストーリーとか夢とかじゃなくて、地域おこし協力隊で知って。て言うと期待外れでがっかりされてる感じで申し訳ないんですよ。でも、こんなに新山が好きで、全力なんですよ〜!」と力説!
「移住に対してメディアのイメージが大きいですからね。」と、優しいお言葉に励まされ。
何もないけど、ポジティブシンキングだけは持っている、わたし。
今日も元気です😊